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原田眞人監督 2002年1月25日来沼
原田眞人監督 来沼! 「HARADA FREAKS」 DIARYより
                                  「HARADA FREAKS」 
2002/01/26 (土)

沼津コネクション。

■二日間、編集から遠ざかって沼津で気分転換をしてきた。母校である沼津一中で中学生相手に「特別授業」をやり、一中同窓会の人たちや沼津JCの仲間とわいわいがやがや。一中には当時の卒業記念アルバムも残っていて、久しぶりにそのページをめくって自分が昭和39年度第16回卒業生であることを確認したり、先生方と話し込んだり。中学生たちがどこまでおれの話を理解してくれたかは疑問だが、いくつかの純粋な好奇の眼差に出会うことはできた。

生徒数は全学年で150名。おれの中学時代には三年生だけでH組まで8クラス400人弱。この小規模化には正直ショックを受けた。特別授業の演題は「映画作りは空間作り」ということで、映画という名の空間と時間と斬り結ぶ遊びの話をした。その一環として、もし自分が映画監督として沼津一中という空間を切り取るならば、ということにも触れた。おれにとって、今もっとも魅力ある一中の空間とは、老朽化して取り壊しを待つばかりの体育館だ。そこで過ごした時間の断片は、即座に蘇ってきた。南西のコーナーに畳みをならべた柔道部の活動。隣では体操部の男女が飛び跳ね、その向こうにはバレー部も同居していた。そこに残る時間を、ノスタルジー感覚ではなく、正面ドアを出て左手にある新校舎とつなげることで、個性的な空間の時間を抽出できる。そんなアプローチ。視点を変えて、新校舎のモダンなある空間から切り返せば、新しいものの中から朽ち果てていくものを眺めることもできる。そういう切り換えの利く視点の豊かさ。

石で固められた渡り廊下、閉めることも開けることもできない窓、ホラータッチで描けるステージ下の地下室、カラフルであった様々なラインが色褪せ、木組みのそりかえったフロア。このフォーティサムシングの体育館がとても魅力的な空間であること、日頃親しんだもののなかにユニークなものが存在すること、あるいは時間を経たときに「宝物」に変化するものが存在することを喋った。

■実際に子供たちをレクチャーホールから体育館に連れて行って、37年前の穏やかな日射しを感じながら、「バウンス」のオープニング・シークェンスの話もした。あの場所、大船中学校の体育館に一目惚れしたのは、そこに一中の体育館を感じたからだ。「バウンス」の脚本ではオープニングは「女子高のトイレ」だったし、大船中学校をロケ場所に選んだのもトイレを使う目的だった。撮影の朝、トイレの空間にどうしても遊び感覚を覚えることができず、担当の教員に案内してもらって校内をロケハンし、発見したのがあの体育館だった。キャスト&クルーが到着する30分前に得た発想で、作品のメインカラーである赤(女の情感と情熱)と白(奥ゆかしさ&処女性)の絡みも記録できる空間として、ああいう形になったのだ。そんな話も一中の生徒にしてやった。彼等は誰一人、「バウンス」を見たことがなかった。だから結びの一言は、ヴィデオ屋へ走れ、「バウンス」を見ろ。

150人のうちの30人くらいは見てくれたかな。そうなると、またR15の問題を蒸し返すことになるのかな。

夜は港湾の寿司名所「高しま」で鮮度の高いネタを満喫。そのあとで沼津JCの招待で中華料理の「群鳳」というディナー二連チャンとなってしまった。前者は昔よく両親に連れて行ってもらった双葉寿司の直系。というよりもジュニアがやっている店なのだという。後者はこれまた昔なにかイベントのたびに使っていた御殿場の中華料理店「名鉄采館」のシェフが独立して開いた店。「群鳳」では沼津から伊豆半島にまたがるフィルム・コミッション・オフィスの活動の実態と未来の相談も受けた。

地方自治体ではFCブームになっているようだが、アリゾナ州やオーストラリアの各州のフィルム・コミッションと民間のロケーション・キャスティングが合体した理想形ができるのはずっと先のような気もする。やる気のある人間をいかに登用し育てるかといった構えが、どこの地方自治体にも欠けているんじゃないか。我が沼津でさえ、おれが燦々大使の間に積極的に沼津FCの相談を求めて来たこともなかった。つぎの燦々大使になった三国連太郎さんにお願いして「釣りバカ」を沼津で撮ってもらえたら万々歳という程度の考えだったらFCは死ぬだろうね。

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2002年1月25日 沼津・群鳳 
原田監督と初めて出会ったのが98年夏である。それから3年半。 それぞれの仲間が、監督から刺激を受け、映画とまちづくりの関係を模索していたところ、フィルムコミッションという”方法”に出会い、 暗中模索のなか活動を始めた。
今般の監督からのアドバイス・叱咤激励をうけ、沼津FCとしては 地方におけるフィルムコミッションの、標準型(システム・収益構=自立) を作るべく、活動していくという方向づけを行えたことは大きな収穫である。


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